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『ウィロビー・チェースのオオカミ』

 ジョーン・エイキン 作
                     こだま ともこ 訳
                           冨山房
                        1749円(税込)

ウィロビー・チェースのオオカミ

 題名を見て、オオカミのお話か・・と思われた方も多いでしょう(戌年だから?)。私もかつてはそうでしたが、実際はきれいに裏切られました。ぜひお読みになってみてください。

 さて、主人公たちの窮地を救うサイモン少年は、この後のシリーズで更に活躍します。一巻めのこのお話で、彼のファンになる方々もきっと少なくないはずです。

 ご挨拶が遅くなりましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

(吉田 真澄)

 舞台となる架空の時代のイギリスでは、英仏海峡トンネルを通って、寒さを嫌うオオカミの群れが押し寄せてきていました。人々はオオカミの脅威に曝されながら生きています。けれども、物語の主人公はオオカミではありません。冒頭部では、凍てついた荒野に遠吠えを不気味に響かせ、列車の窓を突き破って少女を襲う、という恐ろしい野生を振るったオオカミも、お話が進行するほどに影が薄くなっていきます。題名でその存在感を大きく謳いながら、物語の中心に躍り出る展開も見せず、禍々しい空気の表象のようなオオカミ。では、本当の主人公は?といえば、ロンドンから遠く離れたウィロビー高原にぽつんと建つ広大な屋敷で贅沢に暮らす少女ボニ―と、そのいとこの少女シルヴィアです。

 

 両親を熱病で亡くしたシルヴィアは、年老いたおばさんとロンドンで暮らしていましたが、その貧しい生活も儘ならなくなったため、ウィロビーの屋敷、ウィロビーチェースへひとりで向かいます。ちょうど同じころ、ウィロビーチェースでは、長旅に出るボニ―の両親の代わりとなる遠縁の女性が家庭教師として屋敷を訪れていました。この家庭教師スライカ―プと、その後、二人の少女が連れて行かれる学校(とは名ばかりの収容施設)の責任者ブリスケット夫人の非道ぶりは、只事でない凄まじさで、悪心に骨の髄まで蝕まれた人間のおぞましさをこれでもかと見せつけます。そこに、文字通り、知恵と勇気で立ち向かう全く異なる出自の少女ふたりの物語です。

 

 ストーリーは明快だし、敵役の女たちには、邪行を躊躇う人間的な深みが微塵も見られません。ロアルト・ダ―ルが描く不作法な大人にも似た冷酷な悪漢たちから、ふたりの少女がいかにして自由を勝ち取るのか見届けるまで、しかし、ページを捲る手を止められないのは、冒険物語としての疾走感に読者が昂揚するためなのでしょう。悪を弾ね返すために強固に結ばれる友情と、逃げずに闘う少女たちの果断な勇ましさが、両輪となってお話を推進します。類型的な人物描写は、この物語の大きな傷にはならないようです。エンターテインメントとしての完成度の高さが、ご都合主義さえ味方につけて、正直でやさしい登場人物たちがみな報われる結末を期待せずにはいられなくなるからです。

 

 このお話がアメリカで出版されたのは1962年。エイキンといえば、1950年代から発表した数々の短編ファンタジー(『おとなりさんは魔女』『ねむれなければ木にのぼれ』、『しずくの首飾り』など)が有名です。しかし、その一方で、作者は、この『ウィロビー・チェースのオオカミ』にはじまる一連の長編制作に40年という年月を費やしています。創り手が自身の熟達したストーリーテラーぶりを存分に開放し、その熱が、読者を巻き込んで快走する一冊です。

 

 

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