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はなのすきなうし

マンロー・リーフ 文
               ロバート・ローソン 絵
                       光吉 夏弥 訳
                          岩波書店
                         691円(税込)

読書家の知りあいが、以前、一番好きな本としてこの作品をあげました。子どもの頃、この本に大変「励まされた」のだそうです。幼い人たちが、自分の“味方”だと感じる本に一冊でも多く出合えることを願います。

吉田 真澄

幼いころから読んで知っていたはずのこの本。借り物でない「個」を自分なりの方法で護りまっとうした主人公の物語だと気付いたのは、けれども大人になってからだったように思います。他の誰でもない、自分の人生を獲得することの幸福は、子どもの本のテーマとしてはポピュラーですが(もちろん、中身は玉石混交です)、主人公が、それなりに混乱したり緊張したりしながら、それでも勇気を出して自分の選択をする他の物語に比べると、このフェルジナンドという雄牛は、特別な思慮を懐くこともなく、ひたすら無心に、自分の好きなことを求めただけ、とも言えるでしょう。その力の抜き具合は、いっそすがすがしいほど。だから、堅苦しいテーマなんか意識しないで、この本を幾度となく読んできたのかもしれません。

 

原題は”THE STORY Of FERDINAND”。1936年にアメリカで出版されました。「岩波の子どもの本」シリーズの一冊となったこの本より原書はひとまわり大きく、表紙の赤は、渋みがかった小豆色を思わせます。ほら、かわいいでしょう?と言わんばかりの邦訳のこの絵本の表紙とは、形体も色も、さらには題名を記す文字のデザインや絵も異なります。「すぐれた個性に恵まれていた」(作者マンロー・リーフの言葉より)主人公フェルジナンドなのですから、原書版のように、媚びない凛々しさを感じさせるデザインがぴったりくると思うのです。

 

お話の冒頭、花の傍を離れようとせず、誰とも遊ばないひとりぼっちの幼いフェルジナンドを、彼の母親は心配しました。でも、ひとりで花のにおいを嗅いでいるのが好きなのだという息子の言葉をしっかり確認してからは、構わず好きなようにさせておきます。作者は、「個性」に加えて「良い趣味」にも言及していますが、そのどちらをも育むには、没頭すること<させること>が決め手なのかもしれません。読書や楽器演奏など、ひとりで楽しめるものはもとより、集団で行うスポーツでさえ、打ち興ずる人たちは、干渉されない皮膜の内側で静かに自己を発散しているように見えます。夢中になるとは、深く濃く、その世界と繋がること。だから、周囲は、すぐさまわかってあげよう(・・・・)と気を急くのではなく、わからなくても観察し受容してみようと大らかに構えなければならないのでしょう。端的に言えば、それは、相手を、相手が夢中になっているものもまるごと含めて、肯定していることに他ならないはずです。

 

年齢を問わず、私たちは心を寄せられる何かをいつも求めています。妨げを退け、面白がって生きる単純さと難しさ、そして幸福。地に足の着いた主張をしっかりと尊んでいる古典絵本です。

 

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