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やぎと少年

アイザック・B・シンガー 作
                     M・センダック 絵
                        工藤幸雄 訳
                          岩波書店
                       2160円(税込)

 幼い人たちは、気に入った本を繰り返し飽きずに読みます。その姿を、おとなは時どき理解し難く感じるようですが、ノーベル賞作家シンガーの言葉を借りれば、「過去は長い長い物語」なのですから、過去を持たない彼らには、物語がたくさん必要なのでしょう。むろん新しいものも、そして慣れ親しんだものも。さらに、大切なことを忘れずに生きるために繰り返し読みたい一冊が、子どもにだっておとなにだってあると私はいつも思うのです。

 今年も子どもの本だよりをどうぞよろしくお願いいたします。

吉田 真澄

物語は人の傷を癒すことも、命を救うこともできないけれど、それでも無能ではないはず―東日本を襲った大震災のあと、ある作家の方が、こんな趣旨のことを書いていました。この本の「まえがき」に記されたシンガ―の言葉に触れ、ふとそれを思い出します。

    過ぎ去っていく時間、その正体は何なのだろう、そう思って首をかしげるのは、子どももおとなも同じです。―略―

過去とそれにまつわるさまざまな気持ちを思い出すうえに役だってくれるもの、それが文学です。―略―

    物語のなかでは、時間は消えない。人間たちも、動物たちも消えない。

書く人にとっても、読む人にとっても、物語のなかの生きものは、いつまでも生きつづける。

遠い昔におこったことは、いまもほんとうに存在する。

 読書とはあくまでも体験であり知識ではありません。知識なら忘れてしまえばそれまでだけれど、文学で培った体験は、実際の出来事を通して得た記憶と同じぐらいの力で、時に私たちを支えるのです。現実の世界では、“いま”も“ここ”も一瞬のうちに過ぎ去ってしまいます。そして、再び同じ地点に戻ることは決して敵いません。でも、物語なら、もう一度そこへ降り立ち、以前とは別の視点で―もっと至近距離から、もしくは俯瞰で―その場所を見ることができるでしょう。特に、子どものために書かれた文学には、読むたびに発見と閃きを覚える深さと滋養を求めたいものです。

 この本に収められた短編は七話。その中には、シュレミール(イデュシ語で、ダメな男とかついていない男)が主人公の寓話的スタイルのお話がいくつかあり、行動すればするほど悪循環に陥りながら、仕方ないなりに最善を尽くす彼らの奮闘が語られます。その姿はむろん滑稽ではありますが、どんな人の内側にもある愛すべき人間のふり幅が、個人的な手触りともなって伝わってきます。決して強靭ではないけれど、いえ、むしろ脆弱でも、しぶとく世間を渡っていく、愚かで善良な人々の姿です。

 最後の一編は、老いたやぎズラテ-を肉屋に売りに行く途中、猛烈な吹雪に見舞われた少年アーロンのお話「やぎのズラテ-」です。少年は、やぎに寄り添いその乳を飲んで嵐をのりきり生き延びますが、その過酷な三日間を、作者は丁寧に、しかしべたべたと甘くない節度に満ちた語り口で描写します。あたかもシンプルな真実を浮かび上がらせようとでもするように。

 私は、この短編で、二つのことを考えました。ひとつめは、些細な偶然に左右される運命について。そして、そんな頼りない道程を手探りで進むからこそ、生きることはすばらしく尊いのだということ。もうひとつは、言葉を持たない体に宿る崇高なたくましさについて。無垢だからこそ、そこに神さえも入り込めるのでしょうか。翻って、いつだって人間は人間の存在を越えられないのに。老いたやぎは、売られるために家を出る時、首に縄をかけられてさえ素直に人に従います。どんな状況におかれても、ブリザードのさ中であっても、長年共に暮らし世話をしてくれた人間を信じ、斉しく「めええええ」と応えるズラテ-。それが彼のたったひとつの言葉だからです。お話は、そんな変わらない動物の佇まいを静かにたんたんと伝えて閉じられます。

 たまにアーロンは、思い出したように、やぎにたずねたものです。

 「ズラテ-、いっしょにすごしたあの三日間のことを覚えているかい」

 するとズラテ-は、角で首のあたりをこすり、白いあごひげをふって、ひとつおぼえのあの一声をあげるのでした。

 それは、ズラテ-の気持ちのすべて、愛のすべてを打ちあける言葉でした。

 冒頭で紹介した作家の言葉にあるように、時に、物語の無力さを嘆きたいほど悲痛な現実があります。それは揺るがない事実です。別の作品の中でシンガ―は、「現在は、ほんの一瞬ずつだが、過去はひとつの長い長い物語だ。物語を話すこともせず、聞くこともせぬ人たちは、その瞬間ずつしか生きぬことになる、それではじゅうぶんとはいえない―」と書いています。私たちは、ただひとつの理想の物語を生きているのではありません。どの地点からでも、幾通りのもの方法で、新たな航路を進むことがきっと許されているはずです。そして、無慈悲な蛮行や不条理がくり返される世の中であっても、ほほ笑む一瞬が確かにあり、自由な魂は、人知れずつつましく咲く―そんなふうに慰められた心地がして、センダックが描くモノクロの表紙絵をそっと指先で撫でました。

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