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マイク・マリガンとスチーム・ショベル

ぶんとえ バージニア・リー・バートン
    やく いしい ももこ
   童話館出版
                       1620円(税込)

マイク・マリガンとスチーム・ショベル

最後まで読むと、幼い人たちは必ず言うのです。「これ、ほんとうにあったこと?」と。二人(一方はショベルカーですが)が今もどこかで勤勉に働いていると彼らは容易に想像できるのでしょう。こうした信頼できる物語との出合いを繰り返し、この世の真実に触れる喜びを体得するのかもしれません。

吉田真澄

「どんなに古くなっても、マイクはぜーったいにスチーム・ショベルを捨てないぞ、ってさいしょから決めていたんだよね」「(だから)やくにたてるんだよっていうことをみんなに教えたんでしょう」。いっしょにこの本を読んだ小学校低学年の子どもたちがふともらした感想です。これを聞いて私は、そうか、このお話は信念の物語でもあったのだな、と改めて感じたのでした。新式の機械に仕事の場を奪われざるを得なかった主人公たちの姿を通して、合理化一辺倒に突き進む社会の在り方を、この作者ならではの誠実な筆致で描いたお話―これまでそのように認識してきたし、バートン女史の他の作品にも通底する文明批評が確かに感じられる一冊なのは違いありません。「さいしょから決めていた」という幼い人の言葉に私がはっとさせられたのは、しかし、社会がどう変わっても、どんな最新式の道具が現れても、自分たちを必要とする場所は必ずあるはず、なぜなら、有能且つ篤実な仕事ぶりに万全な自信があるから、という主人公たちのゆるぎない自己肯定の力が、心にすっと突き立つように感じられたからです。

 ゼラニウムにも似た鮮やかな赤い表紙―を切り破ってこちらへ飛びださんばかりのスチーム・ショベル。笑顔のマイク・マリガンは、精勤な若者らしい太い右腕を挙げて挨拶しています。表紙裏でスチーム・ショベルのしくみをわかりやすく図解説明したら、いよいよお話が始まります。余白の使い方、色彩の映え、作者の研ぎ澄まされた美意識が絵本の隅々まで行き届いているのを、すぐさま感取できるはずです。拡がる田園は、うねるような緑の丘陵と建ち並んだクラシカルな家々がライトカラーで端整に描かれます。人間の姿は小さいけれど、詳細に描き分けられた服装と、見るものを想定したアクションの大きさで、それぞれの個性を引き立て合います。映画や舞台のごとく、どこに観客(=読者)の視点を集めたら画面を美しく調和できるかが斉しく考え抜かれているのでしょう。スチーム・ショベルが地下室を掘りあげていく場面は、もくもくと激しく立ち昇る蒸気と撒き散らされる霧のような砂の粒が、気炎を上げて仕事に邁進するショベルのアグレッシブな心意気を読者にはっきりと伝えて圧巻です。

 冒頭で、これが信念の物語であると記しましたが、作者は、真摯に働くものたちを惜しみなく賞賛し、それぞれの生き方から萌芽する自信の念ほど其の人を支える強い味方は無いのだと訴えかけます。幼い読者にこそしっかり届く衒わない率直な声で。やはり、読書とは体験に他なりません。物語を読むとは、これまでの自身の経験と照らし合わせながら書かれている内容を租借し解釈すること。社会通念によって凝り固まっていない幼い人たちの健やかな楽観性と自己肯定感が、物語の本質に彼らを引き寄せるのです。

 優れた子どもの本では、自分の人生を獲得する幸福が、様々に舞台を変えながら語られます。スチーム・ショベルとマイク・マリガンも、発展する社会に抗わず、別の論理で自らの有用性を証明してみせました。普遍的な強さとともに変化する力をも備えて時代を前向きに生きる主人公たち。バートン女史の他の作品と同様、滋養に富んだ一冊です。

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