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『あすはたのしいクリスマス』

クレメント・ムーア ぶん
                   トミ―・デ・パオラ え
                   かなせき ひさお やく
                         ほるぷ出版
                       品切れ重版未定

 夢と現(うつつ)の輪郭は案外あいまいなものなのだな、とこの一冊を読むと感じます。優れたアーティストが描く風景を土台に想像力を働かせれば、夢と現実の挟間も小さくなって、うきうきと楽しい気持ちになってくるのです。

 お休みを頂いている間に今年も最後の月となりました。お読みくださっているみなさま、いつもありがとうございます。どうかよいお年をお迎えください。

(吉田 真澄)

 ニューヨーク生まれの神学者、クレメント・ムーアによるこの詩が新聞に掲載されたのは1823年。以来、アメリカの家庭ではクリスマスの前夜、家族揃ってこの詩を唱えていたと聞きます。

‘Twas the night before Christmas, when all through the house
 Not a creature was stirring, not even a mouse;

 

 クリスマスの まえのばん  いえじゅう すっかり しんとして
 ねずみいっぴき あばれない

 ムーアは、我が子へのクリスマスの贈り物にこの詩を書いたそうです。「サンタクロース、ほんとうにくるんでしょう?」という子どもたちの問いかけに、にこにこと応じるやさしい父親の顔が浮かびます。短いテキストの中には、日常と隣り合わせの、しかし光を放つ貴石のようなファンタジーがしっかりと描かれています。たとえば、そりで夜空を疾走するサンタクロースとトナカイの様子を詠った場面はこんなふうです。

“Now, Dasher! now, Dancer! now, Prancer and Vixen!
 On, Comet! on, Cupid! on, Donder and Blitzen!
 To the top of the porch! to the top of the wall!
 Now dash away! dash away! dash away all!”

 それ、ダッシャ―、それ、ダンサー! それ、プランサ―、それ、ヴィクスン!
 はしれ、コメット、キューピッド、はしれ、ドンダ―、ブリッツェン!
 ポーチの やねのうえまでも たかあい へいのうえまでも
 はしれ、はしれ、それ、はしれ

 長旅で疲れた(はずの)トナカイを鼓舞するサンタの軽快なかけ声と、順番に呼ばれるトナカイたちの名前によって、詩は具体性を帯びます。

 

それからもうひとつ、

 

 And filled all the stockings; then turned with a jerk,
 And laying his finger aside of his nose,
 And giving a nod, up the chimney he rose;

(サンタは)くつしたぜんぶに おもちゃを いれた パッと うしろをふりむいて
 こばなのよこに ゆびをあて ないしょ ないしょと うなずくと
 えんとつのぼって いっちゃった

 

 茶目っ気のある朗らかなサンタクロースの姿が想像できるこの場面も印象的です。

 

 さて、何人もの画家がこの有名な詩に絵をつけ、絵本として出版していますが、トミ―・デ・パオラのこの作品は出色です。ニューイングランドのうねるような丘陵は積もった雪で真白、立ち並んだ家や教会は、白い波間に浮かぶ船に似ています。インディゴブルーの空には生成り色の満月。サンタクロースを待ちわびてクリスマスの飾り付けがされた家の中は、どっしりとした質素な設えと心をこめて加えられた華やぎがあたたかさを演出します。19世紀半ばの古風でシンプルな部屋なのに、額絵や活けられた花々は、丁寧に選り抜かれた見映えを誇り、ひとつひとつ存在感があります。また、全てのページに施された縁どりはまるでステンドグラスのようで、めくるのが楽しくなるのです。

 

 異国への憧れと異文化への興味は、こうした一冊との出合いによって育まれるのでしょう。日進月歩の科学技術でさえ太刀打ちできない、時空を超えて広がりを持つサンタクロースの物語。不思議な喜びに満ちたその世界を、ぜひこの本で体感してください。

 

 最後に、日本語版は洋書より色彩が一段薄いようで残念です。見比べてみると、夜空のブルー、雪の白、サンタの赤が、洋書ではいっそう深く鮮やかで忘れられない美しさです。
 

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