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『しずかで にぎやかな ほん』

   マーガレット・ワイズ・ブラウン さく
                 レナード・ワイスガード え
                      谷川俊太郎 やく
                         童話館出版
                    定価 1512円(税込)

 マーガレット・ワイズ・ブラウンの作品は、その原書を手に取る機会が多いぶん、日本語に翻訳されたものを読んでがっかりしてしまうケースも少なくありません。彼女が選ぶ端正な言葉、その清潔なにおいを損なうことなく翻訳する作業の難しさは、素人目にも想像に難くありませんが、だからこそ、今回ご紹介するような絵本に出合うととても嬉しくなってしまうのです。
 

 この二冊は、もともと同じシリーズに属する絵本ですが、訳者が違うため語り口も変化していて、それも魅力の一つとなっています。


谷川俊太郎さんの詩人ならではとも思えるきびきびと軽快な語り、江國香織さんによる吟味された言葉の丁寧な語り、そのどちらも、甲乙付けがたく素敵です。


 同シリーズの中には、他にも江國さん翻訳の二冊、『なつのいなかのおとのほん』『うみべのおとのほん』がありますので、あわせてお楽しみください。(尚、今回ご紹介の二冊は、出版社も訳者も異なるため、表記に多少の違いもありましたが、本にあるとおりに抜粋させていただきました。)

                        (吉田真澄)

 不世出の作家ともいうべきマーガレット・ワイズ・ブラウンは、絵本を楽しみ始めた幼い子どもたちのためにたくさんの作品を創りあげました。編集者としての顔ももっていた彼女は、常に一流の画家と組むことで、自身の作品世界を大きく拡げることに成功しています。それぞれの画家ならではの個性のもと、独創的で美しく仕上がった作品群は、およそ半世紀を経た今も、断じて古びてはいません。

クレメント・ハードと組んだ『おやすみなさい おつきさま』の囁くような語りとあたたかな月の黄色、太い輪郭とやわらかな筆触が安心感を醸しだす『おやすみなさいのほん』、そして、技巧とは無縁とも思える――しかし、緻密に計算された――自由な線が列車に生命を宿した『せんろはつづくよ』は、ともにジャン・シャローが絵を描いています。

 そして、今回ご紹介するレナード・ワイスガードと組んだ作品は、モダンアートの様相を呈した大胆な構図が特徴的ですが、『おやすみなさいおつきさま』にも匹敵する配色の妙も注目すべき点の一つです。


 美しいブルーに出合うとつい、心ときめいてしまう私ですので、『しずかでにぎやかなほん』の表紙に描かれたターコイズブルーを見たときも、例によって、胸が高鳴りました。このブルーは、フレッシュな朝の空気を運ぶ蒼天のブルーなのですが、新しい一日の始まりを告げるにふさわしい清清しさです。


 基本は直線、鋭角的な画面の中に、時折混じるなだらかで丸みを帯びた図案、そこに登場する動物や植物は、正確なデッサンで描かれていながら、空想が生み出したユーモラスな佇まいをまとってもいます。


 文字の配置や大きさまで、画面を美しく飾る部品の一つとなって読者を楽しませる斬新なデザインは本当に見事です。


 一方、『おへやのなかの おとの ほん』で使われるブルーは瑠璃色。この色が基本となって、鮮やかに発色する赤とサフランのように明るい黄土色が画面を飾ります。瑠璃色一色で描かれた場面はどこまでも静謐で美しく、そこに“音の主”である様々な――平常から奇想天外まで――“もの”が加わります。余白を背景にして、瑠璃色の階段を上がってくるその“音の主”たちは、赤色効果で読者に強く印象付けられる趣向です。


 息を呑むほど美しいのに、お道化てでもみせるかのような小粋な仕掛けが、そこかしこに感じられるのもまた一興。洗練とおかしみ、一見、矛盾しているようにも思われるこの二つの要素は、精確なデッサン力によってすっきりと並び立ち、一つの世界を形成しています。

 さて、肝心の物語はどうでしょうか?

 たとえ絵本であっても、その価値を決定付けるのは、むろん物語です。どんなに人の視線を引く挿絵が描かれていたとしても、やはりテキストに魅力がなければ、その絵本はすぐに厭きられてしまうでしょう。


 マーガレット・ワイズ・ブラウンによるテキストは、幼い子どもたちに語りかけるように進行し、身近なものから、ちょっぴり想像力を働かせて楽しむものまで、子どもたちの好奇心を心地好く刺激します。


  マッフィンは ちっちゃなこいぬ、みみがいい、
  マッフィンは ねむってた、よるじゅう。
  マッフィンは めがさめた、なにかのおとで
  とても しずかな おと。
  なんだろう?
  ありが はってる?
  はちが びっくりしてる?
  かいだんを ぞうが つまさきだちで おりて くるのかな?
  ちがうよ。
  バターが とけてゆくのかな?
  ちがうね                        
               『しずかで にぎやかな ほん』

  こいぬのマフィンは かぜをひきました。
  きょうは そとにはでられません。

          ―中略―

  りょうめをとじて、
  じっとみみを そばだてました。
  こんなぐあい。
  おうちのなかの、いろんなおとが きこえてきます。
  ホウキでゆかを はくおとがしました。
  しゃっしゃっしゃっしゃ
  でんわです。
  ぷるる ぱらら ぷるる ぱらら

          ―中略―

  そのあと マフィンはもうひとつ、ちいさなちいさな
  あしおとをききました。
  そっと、かいだんを あがってきます。
  ちいさなてんとうむしが、マフィンに あいにきたのでしょうか?
  いいえ
  では、へいたいさん?
  いいえ
  あひる?
  いいえ
              『おへやのなかの おとの ほん』


 どちらの絵本も、‘Noisy Book’(原題)というシリーズの中の一冊で、主人公はプードル犬のマフィンです。八冊のシリーズを通して、マフィンは、夏の音や冬の音、海辺の音などに耳をそばだ
てます。

『しずかで にぎやかな ほん』の最後の場面では、ささやかな音が集まって「あたらしい いちにち」が始まりますが、その最も日常的な変化をドラマティックに描く結末は、一篇の詩のように典麗でさえあります。


   それは――
   のぼってくる おひさま
   あさの そよかぜ。
   すの なかの ことりたちの みじろぎ。
   ときのこえを あげようとする おんどり。
   それは きょう。

       ―中略―

   それは あたらしい、いちにち

 幼い子どもたちが持つ美の感得力を、創り手自身が信じているからこそ生まれた作品なのでしょう。平明な文体は子どもたちに安心感を与え、斬新な絵がその想像力を際限なく拡げてくれることと信じます。

2008年9月配信分を2017年10月に再掲

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