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家族になったスズメのチュン
                         

竹田津 実 偕成社


                       1296円(税込)
                         偕成社文庫
                        756円(税込)

 澄んだ秋の空は、羽ばたく鳥の輪郭をくっきりと際立たせます。迸る生命の在り処を認めて私はつい目を凝らすのです。

 今月は、最も身近な野生でもあるスズメについて書かれた本をご紹介します。

                    

吉田 真澄

獣医師、写真家、そして著述者でもある竹田津実さんは、長い間、北海道東川町で野生動物の保護、治療、リハビリに取り組んでこられました。10年ほど前、この本と同シリーズ(森の獣医さんの動物日記)『子ぎつねヘレンがのこしたもの』を原作とした映画が撮られた折、偶然目にしたインタビュー記事を今でもよく覚えています。次々と持ち込まれる動物たちを見捨てることもできないまま現状に至った経緯は、竹田津さんの著書に詳しいのですが、氏はこのインタビューの中で、患者は全て「自然の今」を伝えるためにやって来ていると述べ、その「野生の企み」を診療の中から探し出していると語っていました。無垢な命を救うという理想だけではむろん為し得ない仕事。現実との落差を突破するしなやかな意思の在り処に触れた心地がしました。

チュンと名づけられたスズメのヒナも、落ちた巣の中からたった一羽の生き残りとして保護されてきたのでした。死んだように動かなかったヒナは、竹田津夫妻の手厚い看護によってみるみる元気になります。チュンを中心に据えながら、舞台となる北海道の診療所には入院を余儀なくされた患者動物が多く同居していることが伝えられます。エゾアカゲラ、モモンガ、シマリス、そしてキタキツネ。「居候のような」目の見えないタヌキ、交通事故で右前足を失った捨て猫、片翼のないトビ、ステ丸と名付けられた犬も一緒です。幼い読者が、状況を頭の中にきちんと手繰り込めるように、丁寧に端然と文章は綴られます。読みやすさとは、すなわちごまかしがきかないということ。人と自然の関わりへの洞察の深さが、その軽やかで巧みな文章から立ち上ってきます。

チュンに限らず、「無主物」である野生動物は法律で飼うことが禁じられていますから、治癒すれば即座に自然に返さなければなりません。しかし、チュンは幾度試みても家から飛び立って行こうとしないのです。竹田津夫妻を頼りに生きるチュンは自らを人間だと思いこみ、いつしか番犬ならぬ「猛鳥」として竹田津家を訪れる人々をかたっぱしから攻撃するようになるのですが、これは本気で家を護ろうとするチュンの心意気からくる行動だといいます。私たちにとって最も身近な鳥であるスズメ。にもかかわらず、「えーっ?!」と驚くエピソードの連続を経て、やがて文字通りチュンは「家族」になっていくのです。

運びこまれる野生動物を黙々と治療し自然へ返したところで、当然対価は望めません。冒頭で紹介したインタビューのなかで竹田津さんは、ご自身の活動を指し、「どうしてあんなばかなことをやっているのだろう(でも、ばかなことは子どもたちにとって必要なのだ)」「ばかなことだけどいいな」と思ってもらえればいい、と語っていました。小さな子どもとお年寄りは、見て見ぬふりができず傷ついた野生動物を助けて欲しいと竹田津さんに託すのだと言います。そして―「ばかなこと」と言いながら―最善を尽くす竹田津さんの言葉はいつも柔らかで清潔です。

悠揚迫らぬ文体の中にも、不合理な命の現場で抱える苦悩は滲みます。が、善悪も併せのむ筆者の心中であれば、ネガティブなものもユーモアと適度な毒で切り分け、生きることの痛みと向き合い続けているのかもしれません。「あたりまえ」と切り捨てられるものと闘いながら。他の作品にも触れれば、筆者が一貫して書いてきた読者への呼びかけが、よりはっきりと聞こえてくるでしょう。偕成社からは他に三冊、国土社からはもう少し幼い方でも読める写真が豊富な「森のお医者さん」シリーズが出版されています。

子どもの本だより 147号 2016/10/29配信

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